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かたいバゲットはお好き?(前編)

(杉村裕史)


Aimez-vous les baguettes croustillantes?



フランス人は私たち日本人が美味しいご飯にこだわるようにパンにこだわる。特にバゲットに対するこだわりは私たちの想像を超えている。フランスのバゲットは世界で一番美味しい。なかでもパリのバゲットは世界最高である。フランス人のバゲットに対する驚くべきこだわりを理解するためこのエッセイを構想した。

 私たち日本人がフランスパンと呼んでいるパンはバゲットという。いまだに「バケット」と表記しているパン屋さんもあるが、バケツbaquet [バケ] と聞き間違えられないだろうか?フランスでフランスパンと言えば上の写真のようなさまざまなパンをさす。

 バゲット(baguette)は本来細長い棒を表して、指揮棒や複数形だとお箸を指す。細長いパンが作られた時その形から「棒パン」と呼ばれるようになったのだ。


1バゲットの部分の呼び方(前編)

2バゲットはなぜ棒の形になったのか?(前編)

3バゲットの原材料(前編)

4自家製バゲットの作り方(前編)

5 食べ残しのフランスパン(後編)

6パン職人になるためには(後編)

7 フランスパンがユネスコ無形文化遺産に(後編)



1 バゲットの部分の呼び方

 バゲットにはさまざまな形があるが、まずはカリカリとかたい皮としっとりとした中身がある。皮の部分は、両端の硬いところをクルトンcroûton (日本語になっている)と言い、それ以外の皮の部分をcroûte という。パンの柔らかい中身はmieと言い、イギリスパンはpain de mie(やわらかパン)とフランスでは呼ばれている。

バゲットの両端を、北フランスではクルトンcroûton と呼ぶが、南フランスではキニョンquignonと呼ばれていて、ネットで論争になっていた。マリ=エマニュエル村松先生は、フランスではこのクルトンを赤ちゃんの歯固めに使うという面白い話を聞かせてくれた。

 このかたいクルトンが好物だというフランス人が多いとの話。フランス人と結婚したある日本人女性は、このクルトンを食べようとしたら、「そこは僕専用だ」と食べさせてもらえなかったという。


2 バゲットはなぜ棒の形になったのか?

 パン屋さんはフランス語でboulangerie という。bouleとは丸いものをさし日本語のボールの意味である。北フランスのピカルディ地方では、丸型のパンを売っていたからこう呼ばれていたらしい。そうでなくてもパンは元々丸いものだった。それが棒の形になったのはフランスならではである。定説はないが、いくつか面白い説があるので紹介しよう。

 まずは、1920年代に法規制により、パン職人が午後10時から午前4時までの間は働くことを禁じられたため、朝食までに従来の丸いパンを焼き上げることが困難となり、製造時間を短縮できる細長い形が一般的になったとされる説(wiki)、これはさほど面白くはない。

 次の説は、ナポレオンに遡る。当時丸かったパンだと戦場にもち歩きにくかったから背嚢に入るように細長いパンを焼かせたという説がある。

 3つ目の説が最も面白い。パリのメトロ建設現場での出来事である。「メトロの父」と呼ばれた高名な技術者フュルジャンス・ビヤンヴニュは、19世紀末からパリのメトロ建設に取り組んでいた。地下の掘削現場で地方出身者の坑夫同士でいさかいが絶えず、パン切り用に持っていたナイフで切り合うような喧嘩が起きていたため、ナイフを持たずにパンがバゲッと割れるように細長いパンを作らせたという説は時々目にする。

 パンとしてのバゲットという名は20世紀になるまで文献に登場していないらしいので、バゲットの形はさほど長い歴史を持っているわけではないようだ。


3 バゲットの原材料

 バゲットの原材料は、小麦粉、塩、酵母、水、この4種類だけである。これをどの工程でも冷凍せずにパン屋さんで焼き上げなければboulangerieとは名乗れない。4種の材料で店の数だけ個性が出るので、バゲット作りは奥が深い。

 酵母菌は生酵母とドライイーストがあり、両方使うこともある。

 小麦粉も20種類くらいあり、日によってなん種類かブレンドすると、あるパン職人は教えてくれた。フランスでは小麦粉を灰分率により7種類に分けている。日本でも薄力粉、中力粉、強力粉、全粒粉などに分かれているが、フランスではグルテンの比率などで、T45、T 55、T 65、T80、全粒粉をT110、T130、T150と分けている。バゲット用はT65である。

 また水は、フランスが硬水で、日本は軟水だから、バゲットは硬水が向いていると言われている。


4 自家製バゲットの作り方(4本分)

1 T65タイプの小麦粉を500g、生酵母7g、水340cc、塩9g。

2 小麦粉と塩をこね器のボウルに入れて2分間混ぜる。ぬるめの水を少しずつ入れて3分間こねる。生地を取り出し30分木のまな板の上で布巾をかけて寝かせる。裏返して丸く成形して再び布巾をかけて30分寝かせる。

3 生地を4つに切り、それぞれ細長く伸ばす。切り目を入れて焼き型に置く。再び布巾をかけて30分寝かせる。

4 オーブンを230度に温めておき、トレイの下に氷を数個置いて蒸気を出す。

5 キレイな焼き色がつくまで15分間焼く


 近年皮がかたくないバゲットが売られるようになった。柔らかバゲット(mi-cuit)である。プロの職人は「柔らかパンが増えてきた」「あと5分焼くと美味しくなるのに」とパン職人は嘆く。次にyoutubeでプロの職人さんの作り方を見てみよう。 



(後編に続く)

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