2023年4月1日、総合政策学部に中尾沙季子先生が着任されました。中尾先生のご専門はフランス語地域研究(西アフリカとフランスの交流史)です。中尾先生からのご挨拶とエッセイを掲載いたします。
中尾沙季子
西アフリカの現代史を専門としていますが、「広域フランス語文化圏」ということのできる世界中のフランス語圏地域の社会と文化、それぞれの地域でフランス語が使われるようになった背景や、地域間の交流の歴史についても研究しています。
ゼミ紹介(「アイデンティティ」のグローバルヒストリー)
人種、国籍など、その人の属性を規定するとされるカテゴリーがどのように生成され、どのような社会的•政治的機能を担ってきたか、その歴史的背景に遡って考えていきます。たとえば植民地に生まれ、暮らしてきたひとびとにとっての「祖国」となる共同体は、どのようにイメージされてきたのでしょう?これらの「アイデンティティ」形成は、異なる地域間でどのように伝播し、変容し、受容されていったかについても目を向けます。
学生へのメッセージ
普段、あたりまえと思って使っている分類は、どこの社会でも、いつの時代でも、誰にとっても、あたりまえであるとは限りません。あたりまえを問い直し、「ラベル化」の背後にはどのような力がはたらいているのか、考えてみましょう。
フランス語の世界、世界のフランス語(エッセイ)
2021年、フランスで最も権威のある文学賞のひとつであるゴンクール賞をセネガル人作家モハメド・ムブガル・サールの『ひとびとの最も秘められた記憶』(La plus secrète mémoire des hommes, Philippe Rey/Jimsaan)が受賞して、大きな話題をよびました。サールは、1990年にセネガルの首都ダカールに生まれ、高校を卒業するまでセネガルで育った作家です。
フランス語と聞いて、セネガルを思い浮かべるひとは、どのくらいいるでしょうか?
セネガルとフランス語には深いつながりがあります。かつてフランスの植民地だったセネガルが独立し、初代大統領に就任したレオポル・セダール・サンゴールは、フランス語で詩を書く詩人でした。フランス語の辞書を編纂する学士院アカデミー・フランセーズの会員にも選出されました。
セネガルでは、6つの民族の言語が国語として認定されているのとは別に、フランス語が公用語とされています。これは、特定の民族や言語に特権的地位を与えないためにサンゴールが定めた規則です。このため、フランス語で教育が行われ、サールもセネガルの教育機関で、フランス語の読み書きを習い、フランス語で書かれた本に親しんで育ちました。
最近日本語の翻訳が出版されたサールの著作『純粋な人間たち』(平野暁人訳、英治出版、2022年。原著De purs hommes, Philippe Rey, 2018)の舞台はセネガル、大学の文学部の教員をする主人公の職場などのシーンでは、ダカール・シェク・アンタ・ジョップ大学を彷彿とさせる描写がみられます。わたしが研究滞在をしていたとき、ウォロフ語で会話をしていた学生たちが、廊下を通りかかった教員に、フランス語で話しかけていたのが印象的でした。
ウォロフ語を第一言語とするひと、第二言語とするひとを合わせると、現在ではセネガル国民の90%がウォロフ語を話すといわれています。特に首都ダカールの街頭の共通語はウォロフ語です。都市部への人口流出の進行も、ウォロフ語の普及に影響していると考えられます。
このような状況のなか、これまでフランス語の使用しか認められてこなかったセネガル国会での議論において、ウォロフ語を含む6つの国語の使用を正式に認可する法律が2014年に施行されました。また、セネガル人作家のなかには、ウォロフ語での出版をはじめたひともいます。
サールの著作には、文中にウォロフ語の表現がでてくることもあります。それは、こうした複数言語状況を生きるひとびとの実態を描写しているといえるでしょう。一方でサールは、当然ですが、自分の言葉としてフランス語を使います。サンゴールもサールも、フランス語の執筆活動をとおしてフランス語をつくってきた一人です。
もちろん、セネガル人だけではなく、フランス語を使うひとは世界中にたくさんいます。ひとりひとりが、異なるバックグランウンドをもって言葉を使うことで、その言語によって表現される世界は広がり、豊かになっていきます。フランス語を学び、フランス語を使うということは、その広いフランス語世界の一端を担うことです。
みなさんも、フランス語をとおして、新しい世界をのぞいてみませんか?そしていつか、みなさんの言葉で、フランス語の世界を広げることができたら……
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