(近藤美紀)
フランスとの出会い
私のフランスとの出会いは、小学生の頃に図書館の隅で見つけたルパン全集でした。アニメ「ルパン三世」は、このフランスの小説の主人公アルセーヌ・ルパンの孫という設定だそうですが、当時はそんなことは知らずに偶然手に取りました。そして、どんな追い込まれた状況でも決して諦めない強い精神を持ちつつも、キザで女性にめっぽう弱く、フランスという国をこよなく愛する、人間味溢れる怪盗紳士ルパンにすっかり夢中になってしまいました。ポプラ社から出ている翻訳版で読んでいたのですが、度々出てくる「マドモワゼル(お嬢さん)」という呼びかけの響きに、フランス語への憧れは募るばかり。この作品の主な舞台になっているパリは、作者モーリス・ルブランが生きた19世紀末から20世紀初頭の古き良き街並みが今でも息づいており、初めてパリを訪れ、ルパンが愛したセーヌ川を目の前にした時には感動したものです。
パリとフランス
私は交換留学も含めると三度パリに留学したのですが、行くたびにお店の入れ替わりはこまごまとあるものの、建物自体は古いものがそのままずっと使われているので、街並みの全体的な印象はほとんど変わらず、いつ行っても古くからの友人のように迎えてくれる感覚があります。最後の留学生活では、5歳からずっとパリに暮らしているという生粋のパリジャンの親友とよく街歩きをしました。今年還暦を迎えるこの友人はパリの街とその歴史に詳しく、一緒に歩いているとたまたま通りがかった場所についての歴史的・文化的エピソードを披露してくれるのです。「日本人は、よくお墓参りをしたり、家に仏壇があったり、個人単位で先祖との結びつきを保って、“家族の歴史”を継承していると思うけど、フランス、というかヨーロッパでは、建物の石の記憶によって先祖との繋がりを日々感じて、市民・国民全体で“共同の歴史”を継承しているんだよ」というその友人の言葉は、日本とフランスの文化的・社会的な違いを端的に言い表しているような気がします。
ちなみに、「パリを好きなのはパリの住民だけ」と言われており、フランス人の間でもパリは特殊な位置づけのようです。フランスは、農業大国なこともあってか、地方色がとても豊か。パリから比較的近いノルマンディー地方ですら、建物や街の雰囲気がパリとはがらりと変わりますし、アルザス・ロレーヌ、プロヴァンス、バスクといった国境に面した地方に至っては、気候や風土や街並み、郷土料理や人々の気質、そして言葉にも隣国の影響が色濃く感じられます。各地に様々な特色や歴史があるので郷土愛が強くなるのも頷けますし、それゆえにパリ市民の都会ぶった感じが鼻につくところもあるのかもしれません。ただ、そもそもパリも東京と同じく、地方から移住した人たちが多く、生粋のパリジャン、パリジェンヌはあまりいないとも言われています。そして、パリ暮らしが長い人でも、自分の出身地の「お国自慢」には熱が入ります。
この「お国自慢」の精神は、一地方だけでなく国全体にも向けられています。冒頭に、ルパン像の一つとして「フランスという国をこよなく愛する」と書きました。もちろんルパンはフィクションの人物ですが、これは実際に多くのフランス人に見出せるアイデンティティの在り方なのではないかなと思います。自分の国の風土や街並みを美しいと感じ、歴史や文化、そして言語を誇りに思い、他の国の人たちにもフランスの良さを知ってもらいたいと素直に願う気持ち。言ってみれば、愛国心の一番純粋な形を、フランス人はさらりと自然に体現しているように見えます。
ところで、この美しい土地に住む人々はというと、前述の友人は「神様は、フランスというとても美しい国を作った。あまりに美しいから、他の国の人たちに妬まれないようにフランス人を作ったんだよ」と自虐的な冗談にしていましたが、確かになかなかクセの強いキャラクター。皮肉好きですし、閉鎖的な面もあります。ただ、とにかくお喋りが大好き!そして好奇心旺盛!ひとたびこちらがフランス語を喋れると知ると、質問をぶつけ、意見を言い、会話を楽しもうとしてきます。お店の店員さんと話が弾むなんてこともしばしば。フランス語をやっていて良かったと思える瞬間の一つです。
新入生のみなさんへ
外国語を学んでいると、文法や語彙を覚える「作業」をしているような感覚に陥ることがあるかもしれません。そんな時には、その先にある「出会いの場が広がる」「会話を通して分かり合える人が増える」「見たことのない景色が見られる」というシンプルな喜びに目を向けてみてください。そして、そこに「自分自身や自分の国のことを伝えられる」喜びも加えられるよう、心と知識も養ってください。
近藤美紀(中央大学兼任講師)
※記事の写真はイメージです。
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